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たぜんさんの兎猟(うさぎりょう)

 鉄砲猟(てっぽうりょう)の好きなたぜんさん、霜(しも)がどっさりおりたある朝のこと、兎猟に出かけたったい。
 坂梨(さかなし)の豆札(まめふだ)ちゅうところに来っと、村はずれの森の中から兎やつが出てきよった。

「しめしめ。」

 たぜんさんな、鉄砲(てっぽう)ばかまえち撃(う)とうとするばってん、兎やつあ、たぜんさんば馬鹿(ばか)んして、あっちゃんこっちゃんするもんじゃき、なかなかねらいが定まらんとたい。

「ええい、かもちゃならん一発かましちゃれ。」

いい加減に、ぶっぱなしたところが、片あたりになって、弾(たま)は頭ばかすめたもんだけん、兎のたまがったこつ、北坂梨(きたさかなし)ん急坂(きゅうはん)ばかけ上って逃げて行ってしもうたったい。

「あいた、やりそこなったばい。ばってん片あたりしとるとだけん、そこへんで、くたばっとるかんしれん。ようと探さにゃんばい。ははあ、ここば通っとるばいな。急坂だけん、土ばかかじり、かかじり登っとらす。あれれ、妙(みょう)なもんが立っとるばい。」

 坂の土ば、かかじって逃げた時に山芋(やまいも)が出てきたっちゅうわけで、それが1本、2本じゃなか、何本でんあるとたい。こりゃあもうけた、たぜんさんな思わぬ獲物(えもの)に無我夢中(むがむちゅう)、背中いっぱいかたげて、坂ば上らしたてたい。

「さてさて、兎はとりそこなったばってん、ま、よかたい。こがしこ山芋が取れたっだけん、不足は言われん。」

 たぜんさんな、坂ん上じ一服しようばいと道端(みちばた)の石に腰(こし)かけさした。

「あれー、こん石は何か生(なま)ぬくかなあ。」

 立ち上がって、よく見ると何のことはなか、片あたりした兎じゃなかかいた。

「こりやあま、運のよかこつ。山芋と兎がいっペんにとれたちゅうわけたい。」

 たぜんさんの喜んだこつ、山芋は8貫目(かんめ)もあったちたい。こげなことは初めちばい。猟のきけたち思うて、また明けん日なあ、朝起けして猟に出かけらしたったい。鹿漬川(しつけがわ)の川っぶちまでやって来たたぜんさん、またまた運のいいこつ、カモが曲がりぶち、かぎなりに並うどる。

「ようし、こりゃあ1発でどげんかならんどかな、どうしたなら1発の弾で捕るるどか。」

と思うち、ようと考えさした。

「そうたい、鉄砲ばふん曲げりやよかたい。」

「弾はこう行って、こう行くき、一発でとるるはず。」

そう言いながらたぜんさん、足で鉄砲ば踏んづけて曲げてしもうた。なるほど弾は、かぎなりに飛んで行って、12羽いっぺんに捕れたもんで、大喜び。2度んこつは3度ある、まあいっペん行って見ようかと思うち、また次ん日、阿蘇品(あそしな)の田んぼにやってきた。いるいる、鴨(かも)が何十羽もつかっとる。夜明けのうす暗がりのなかでも、確かに鴨だとわかる。こりゃあまた、大猟(たいりょう)ばい。じわっと近寄って見るばってん、ぜんぜん動かんごたる。

「どういうこっじゃろう。」

ようと見ると、鴨の足が田んぼにつかったまま、凍って動かじおるとたい。カモの足をひもくぴって自分の腰にいつけち、鉄砲の皿尻(さらじり)で氷をつきわっておったが、20羽ちゃいわんごつ居るもんじゃき、やおいかん。そのうち、日があがって氷がいっペんに溶けたもんで、鴨達がいちどき羽ばたいて、舞い上がったちゅうわけたい。

 たぜんさんな何が起こったか、さっぱりわからん。とにかくあたりの景色(けしき)が、どんどん変わるとよ。

「はあ、こりゃまたとない経験ばい。空が飛べるなんか思うても見んかった」

 ふと、下ん方ば見るとなんさま何でん、こもう見える。

「ありゃあ、あん家はおりが家じゃなかか、小さかもんばい。おう、あの蟻(あり)んごたるとは嫁ごじゃなかろうか、おおい、おいおーい、おりがわかるかー。」

「あんたー、どこさに行きよっと。して、なしそぎゃんところに上がったつなー。早う降りてきなっせー。」

「どぎゃんしたなら降りられるか、わからんとたい。」

「なに言いよっとなー、帯ばときなはい、帯ばときなはい。」

 嫁ごがおらんだんで、たぜんさんな思わず、にこっとして帯ばとかしたったい。たぜんさんな、何とも運のいい男で豆がらの真ん中に落ちたもんだけん、けが一つせず、おまけに下敷(したじ)きの豆がらから、大豆(だいず)8俵もとれたげな。たぜんさんのついとる話はまだあるばい。丹徳坊(たんとくぼう)さんの下ん畑にソバば5反(たん)植(う)えらした。どうしたこつか、たった1本しか生(は)えんだったちゅう。

「あいた、こりゃあどんこんしょうはねえなあ。まあ1本でんいいわい。肥(こ)えすりゃ、しこるき(茂るから)。」

 なにんかにん、馬で小肥(こごえ)おしあげたところ(とにかく馬で肥料をまいたら)、2駄(だ)(馬2頭分の)ソバがとれたちゅう。
 たぜんさんな、いっちょ、あやさずなるめえ(脱穀(だっこく)せにゃならん)と思うちょったところ、小雪が降ってきた。

「こりゃ、あられになるかも知れん。」

 とたんに、畑いっぱい広げたねこぼくのソバの上に、急にひょうが降ってきた。ソバはみんなうっちゃげて、蕎麦粉(そばこ)がでけたちゅう話したい。ちょっとでけすぎた話しばってん、こらえてはいりょ。

たぜんさんの独り言

「もう一回空ば飛んで見たかなあ」

参考

くらしのあゆみ 阿蘇 -阿蘇市伝統文化資料集-


カテゴリ : 文化・歴史
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