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中央火口丘の誕生

概要

中央火口丘はカルデラが生まれた後に吹き出した若い火山群です。
その誕生はカルデラ形成の直後、つまり8万年前とも、あるいは数万年前ともいわれています。
一方、中央火口丘がほぼ現在の姿になった時代については研究者の意見がほぼ一致しています。杵島岳往生岳、米塚などが生まれた2~3千年前です。
考古学の研究では大観峰付近に約3万年前から旧石器人が住んでいたことが分かっており、人類はその目で中央火口丘誕生の様子を見てきたことになります。
熊本大学の松本幡郎教授によると中央火口丘は、現在噴火口が見えるだけでも20以上あり、噴出物が複雑に重なり合って一面を覆っているので、その正確な数はわかりません。鷲ヶ峰のように侵食され、火山の一部を残しているだけのものもあります。
これらの火山は、カルデラにまだ水がたまってカルデラ湖があったころ噴き出しました。まず、中岳が噴火し、現在の高岳から千里ヶ浜付近の基底をつくりました。中岳は現在も噴煙をあげている息の長い火山ですが、高岳、楢尾岳、御竃門山(おかまどやま)などと同じグループの火山とされ、中央火口丘の中では古い火山です。
このグループと1番新しい杵島岳往生岳などのグループの噴火の間に烏帽子、草千里ヶ浜などのグループの火山が出来ました。烏帽子岳のグループの噴火のころは既に外輪山が切れ、湖はなかったと考えられています。しかし、これらの火山がいつ、どのような順番で噴出し、いつまで活動を続けたかなどの詳細な生いたちは分かっていないのが現状です。
熊本大学教育学部の渡辺助教授らは阿蘇一帯に分厚く積もっている中央火口丘の火山灰を細かく分析する研究を進めています。火山灰の分布からその噴火口を割り出し、火山灰の積もった順序から火山活動の歴史を紐解くことが狙いです。これまでの研究で火山灰と噴火口が結びつき、火山灰の分布がほぼ分かったのは草千里ヶ浜火山だけですが、今後研究が進めば、中央火口丘誕生のドラマが再現できることでしょう。


カテゴリ : 阿蘇の自然
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