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阿蘇の植物

阿蘇の植物

概要

火砕流で覆われた荒野にも、時間の経過とともに植物が侵入して遷移が進行し、次第に豊かな植物社会が形成されるようになります。そして、その植物社会に依存してさまざまな動物が生息してくるようになります。現在も火山活動を続ける阿蘇では、火口を中心とした同心円状に遷移の進行を見ることができます。また、人為の影響による草原も広がっています。それらの植生の中には、1,500種以上もの植物が生育しています。景観の大部分を占める草原には、大陸から朝鮮半島を経由して南下してきた大陸系の植物や北方系の植物が多数遺存しています。一方、森林には古くからの日本固有の植物も生育しています。

植物群落の遷移

火砕流で裸地となった荒原には、噴火の影響が薄らいでくると、そのうちに草が生え、やがて木も生えてきます。このように、ある場所に生育する植物の群落の状態(植生)は自然に移り変わっていきます。この移り変わりを遷移または生態遷移といいます。

乾性遷移

遷移には、裸地からはじまる乾性遷移と新しく生じた湖沼からはじまる湿性遷移とがあります。遷移は限りなく続くのではなく、植生が幾度か変化した後はほとんど変化しない安定した極相(極盛相)となり、この状態は長期間続きます。植物が全く生育していない荒地や裸地からの乾性遷移は、一般的に次のような状態で進行します。
① 荒地や裸地に、地衣植物や乾燥に強いコケ植物などが侵入します。
② 岩石などが風化されて土壌ができてくると、一年生の草本植物が生育してきます。さらに、ススキなどの多年生植物が侵入してきて多年生草原が発達します。
③ 草本植物が定着するようになると、強い光の下で生育するアカマツやヤマハギなどの陽樹が草原に侵入しはじめて、まばらな低木林ができます。
④ 低木林が密生してくると、陽性植物のススキやヤマハギなどは枯死する。
⑤ 低木林が次第に発達して、アカマツやコナラなどの陽樹の高木林(陽樹林)が成立します。
⑥ 陽樹林が発達してくると、林床の光量が少なくなるので、陽樹の幼木は生育が困難になります。このような状態では、弱光の下でも生育できるシイやカシなどの陰樹の種子が発芽し、陽樹よりも速く成長していきます。
⑦ 陰樹が成長してくると、陽樹と陰樹の混合林となります。
⑧ 陽樹は老木となって枯れ、陰樹が高木層を形成するようになり、次第に陰樹林に変化します。
⑨ 林床ではいろいろな陰樹の幼木が育ち、陰樹林は安定した状態が長く続くようになります。このような群落の状態を極相(クライマックス)といいます。

阿蘇の植生

現在も火山活動を続ける阿蘇では、火口を中心とした同心円上に遷移の進行を観察することができます。また、人為の影響による草原植生も広がっています。それらの植生は火口を中心として、火山荒原ミヤマキリシマ群落・草原・森林の順に位置しています。
そして、草原や森林地帯には人工林や農耕地、市街地が混在しています。このような環境の中に、1,500種以上もの植物がそれぞれの様式で生育しています。

火山荒原

中央火口丘の中岳の火口周辺には、溶岩の流出・火山灰の堆積・噴気などの火山活動の影響を強く受けているために、植物の生育が困難な火山荒原が形成されています。そこは地面が広く裸出し、強い乾燥や日射にさらされる過酷な条件下でかろうじて成立している植生です。火口荒原は、現在活動している第一火口孔をとりまいて、東は高岳の旧火口の半ばまで、西は山上神社付近、北は楢尾岳および仙酔峡の上部まで、南は砂千里ヶ浜の南にまで広がっています。
噴気の影響を最も強く受ける火口内から火口縁上にかけては、植物はまったく生育しておらず広い裸地になっています。しかし、火口縁から数十㍍の所からは小さなイタドリが点在しています。これが火口に最も接近して生育している種子植物です。火口縁から離れるにつれてイタドリの個体数が増えコウワカンスゲ・キリシマノガリヤス・カリヤスモドキが出現します。火口に接した場所に生育している種子植物はこの四種です。
火口の南にある砂千里ヶ浜は火山灰が降り積もった砂漠のような所で、堆積した火山灰が風で移動するために植物の生育は困難です。しかし、諸処にイタドリの小丘状群落が形成されています。これは、長い地下茎を持つイタドリが火山灰に埋められるたびに上に芽を伸ばして茂り、そこに風で移動する火山灰が堆積することを繰り返して、次第に小丘状に発達した特異な群落となっています。このような厳しい環境に生育しているイタドリは草丈・節間・葉ともに極めてわい性で、地上部だけが長くいっぱいに発達しています。これに対して、肥沃な林内のイタドリは直立して2㍍を越すまでに生育します。
砂千里ヶ浜よりもさらに火口縁から遠ざかった礫地などには、コイワカンスゲが独特の半球状の群落を作っています。これは、風に飛ばされた火山灰がコイワカンスゲの根本に集積し、その火山灰の中で株数を増やし、さらにその上に火山灰が集積して次第に球状に発達したものです。
火口縁からさらに遠ざかるにつれて、ススキアキノキリンソウなどが出現し、次第に植物の種類数および個体数が増加して貧弱な草地へと変化し、ミヤマキリシマ群落へと移り変わります。


ミヤマキリシマ群落

ミヤマキリシマは九州の火山地帯に特産するツツジです。阿蘇では中央火口丘だけではなく、外輪山上の高所にも見られます。しかし、大きな群落を形成しているのは中央火口の噴気の影響を強く受けている火山荒原の外縁部で、仙酔峡丸山、山上のバスターミナル付近の群生地が有名です。そのようなところに生育しているミヤマキリシマは、火山の噴気・強い風当たり・寒冷などによって生育が抑えられ、刈り込まれた庭園樹のように整った樹形をしています。
前途の群生地では、ミヤマキリシマが特に優占する低木林が形成されています。そのために、5~6月の開花期には群落全体が花に埋もれて著しい美観を呈しています。
その群落には、ヤシャブシ。ノリウツギ・ヤマヤナギなどの低木が混在し、地表にはマイズルソウイワカガミアキノキリンソウ・ツクシゼリ・カリヤスモドキ・ノガリヤス・ススキ・トダシバなどが生育しています。火山活動が穏やかで温暖な気候が長期間続くと、ヤシャブシやノリウツギが大きく成長してミヤマキリシマを抑圧していきます。しかし、脳圧な火山性ガスを浴びると、これらの樹木は壊滅的な被害を受けます。そして、抵抗性が高くて回復力が強いミヤマキリシマが勢力を盛り返すことになります。群落内ではこのような現象が繰り返されています。したがって、ミヤマキリシマは他の樹木が十分に生育できないような劣悪な環境下で、その悪条件を巧みに利用して生育している植物の一つです。
ミヤマキリシマ群落は普通の低木林とは異なり、生育環境の微妙なバランスの上に成立しているもので、長年にわたって維持されてきた特殊な自然の姿です。そして、それ以上に豊かな自然状態にはなり得ないものです。したがって、ミヤマキリシマ群落を保護する場合には、イタズラに手を加えるだけでなく、群落の生態的特性を十分に考慮する必要があります。


草原

阿蘇の植物的自然の中心は草原です。雄大な広がりを持つ草原は阿蘇の植生・植物相の第一の特徴であり、阿蘇の景観の中でも最も重要な要素になっています。この草原は中央火口丘のミヤマキリシマ群落の外側から人工林・農耕地・市街地を除くカルデラ内全域、そして外輪山上の大部分にまで広がり、大分県久住方面にまで及んでいます。この広大な草原は九州の山地の代表的な草原で、北海道・東北地方のものと並んで日本を代表する草原の一つになっています。
この草原には600種以上の植物が知られています。地形や標高などによって草原の構成植物は変化しますが、ススキ・ネザサ・トダシバ・ヤマハギ・カワマツバ・ワラビ・チガヤ・シバなどが主です。また、散在する低木にはヤマヤナギ・ノヤナギ・カシワ・ナラガシワコナラアキグミナワシログミミヤマキリシマ・アセビ・ノリウツギ・ツクシヤブウツギなどがあります。さらに、中国大陸(満州・朝鮮)系の植物(大陸系依存植物)も多く生育しており、阿蘇が日本の植物相の中で特異な位置を占める理由になっています。そして、草原の周縁部には深葉(菊池渓谷)・鞍ヶ岳・小国盆地、祖母山山麓・狼ヶ宇土・北向山などの森林が成立しています。したがって、この草原の存在は正常な遷移(せんい)の進行から逸脱している事になります。阿蘇地域は北緯33度で、主として草原が成立している標高は600~800㍍、年平均気温は10~12度、年間降水量は3000㍉以上です。このような条件下では、ほぼ全域が森林で覆われるのが自然本来の姿です。このことは、外輪山内壁に断片的に残っている森林や草原の谷地形に成立している小さな低木林の存在からも理解できます。
火山活動によって大量に噴出する火山灰は風に運ばれて広範囲に降り注ぎ、農作物や各地の植生・植物相に大きな影響を与えています。このようなことがこのようなことが繰り返しおこれば、安定した森林の成立は困難になります。しかし、火山活動が平穏になれば、外輪山内壁の断片的な森林や草原の谷地形の低木林の存在が示すように、次第に森林が形成されるようになります。したがって、火山活動や気候条件などの自然の制限要因だけによって草原が成立しているのではありません。自然条件に加えて、採草・火入れ・放牧などの人為が数百年前から千年以上にもわたって繰り返し加えられて、森林への移行が妨げられて草原化しているのです。つまり、自然の力と人為とが釣り合った
半自然の姿(人為極盛相)としての草原状態が維持されているのです。
火山活動が平穏な場合には、堆積した火山灰は硫化物が次第に溶脱して肥大な火山灰土壌となります。したがって、火山灰の状態が各地の土壌条件を変化させている事になります。
その土壌条件が、採草地(長草型草地)・放牧地(短草型草地)や農耕地といった人間の土地利用状態などに反映して、各地域の植物相の変化を生じているのです。


水湿地

外輪山上の波うつ荒原の谷間には、水が停滞した小規模な水湿地が散財しています。しかし温暖な九州の標高800㍍程度の湿原では、分解されない植物の残骸がわずかに堆積する程度で、尾瀬などのような高層湿原は形成されていません。
水湿地は水分が過剰な特殊環境です。ここでは、多量に存在する水によって局所的な微気候が緩和され、生育する植物が乾草にさらわれないなどの利点があります。その反面、土壌中の水のために根からの呼吸が妨げられ、一般の植物の生育には不利な点もあります。そのため、水湿地には周辺の草原とは異なった特殊な植物が生育し、独特の湿地植物群落を形成することになります。
これらの水湿地植物のうち、ツクシフウロヒゴシオンは我が国では阿蘇から久住地域だけに生育する大陸系の植物です。さらに、九州では稀な北方系の植物も生育しています。それは、タニヘゴ・エゾツリスゲ・イトイヌノヒゲ・イブキトラノオリュウキンカシラヒゲソウ・ムカゴニンジン・クサレダマサクラソウ・ホザキミミカキグサなどです。


カテゴリ : 阿蘇の自然
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