概要
の1地区でかつては色見村と称していました。
藩政時代は高森手永に属していました。阿蘇の、高岳南麓の畑作地帯で、色見、上色見の2地区に分かれ、常にの降灰に悩まされ、低生産地帯で、江戸中期には農民の逃散事件が起こりました。昭和30年(1955)4月「町村合併促進法」によってと合併しました。牧野が多く畜産業の発展が著しい。また高冷地野菜の栽培、タバコ耕作などの進展がみられ、経済的にも天気を迎えています。キャンプ場も年々賑わいを見せており、郷土料理の田楽は観光客にも人気となっています。
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更新日: 2016-01-22 (金) 11:44:21 (3653d)