古の社会において、稲作の成否が人間の死活にかかわってきたことはいうまでもありません。

 全国の津々浦々では豊穣を願う”稲と人間の交感”がおこなわれ、たくさんの伝統的な稲作儀礼が今に伝わりました。それは、春夏秋冬1年のサイクルに稲の生育という条件を加えて展開されます。社会経済史・食文化・精神文化等、米が果たしてきた役割を鑑みれば切りがありません。民俗学者「柳田国男」は、水田稲作農耕民の基本的な思考が、日本人のものの考え方や世界観の中心になってきたとしています。それは、経済大国に達した現代日本において、今もなお年中行事や暦の源となり、日常生活を規定し、基層文化として機能していると考えられています。

 阿蘇神社と関係の神社には、稲の生育過程に沿った段階的な稲作儀礼が今に伝えられています。これらは時代の変遷とともに芸能・娯楽的な要素を加えつつも、大自然の恵みに感謝する古の人々の素朴な折りが”かたち”としてよく現れています。一連の祭りは稲作儀礼の典型であると評価され、昭和57年に「阿蘇の農耕祭事」という名称で国重要無形民俗文化財に指定されました。祭りの対象となる地域は氏子区域を越えて阿蘇谷全体の広範囲に及び、その素朴な祭祀と長閑な自然との調和は、古式ゆかしい風景を醸し出しています。

 



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