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文化・歴史

大観峰の遺跡

概要

から出土した石器は前期旧石器時代の物が最も古く、3万年以上5万年前の物といわれ、その年代に、人間が住んでいた痕跡として、伺い知ることが出来ます。
という広い峰の山が大陥没を起こしたのは、約3万年程前の事といわれていますので、その当時ここに住んでいた人々は、の陥没で死滅か、四散したということになるのではないでしょうか。
その後、人間の生活の痕跡が発見さるのは約1万年前、ナイフ型石器文化の時代の出土器が発掘されます。
その名残が一帯にあり、年代を追うに従いカルデラの中へと人間の生活が移っていきます。

永倉遺跡

の永倉遺跡の「細石刃」は、早期縄文の押方文土器と共に晩期の縄文土器です。
空帯文土器が出土している中で、中期の出土品や遺跡が全く欠落していることは、この縄文中期の時代にの大陥没があって、この地域に生活をしていた人々が途絶えていなくなった時期があったと判断することが出来ます。
の大陥没後、長い年月が過ぎた頃に、人々は生活のしやすい条件が揃う阿蘇周辺の地域へと移住し、再びにたどり着きます。
の上といえども住居跡は必ず飲料水となる水があるところかその近くであることが住居地の条件です。
その当時の周辺の山一帯は森や原野が広がり動物や植物が生息し食べ物には事欠くことはなかったのではないでしょうか。
見通しの良いこの場所は外敵から身を守ることでも都合の良く、居住するにもよい条件だったことでしょう。
そうした幾つもの人間の生活に必要な条件を備えていた所がとして、その痕跡を残しているといううことです。
長かったでの縄文時代の生活は、その範囲が広く、各所で縄文土器が発掘されています。狩猟の生活は大きな獲物を狙うときなど、数日間の時間を必要とすることがあり、今で言うキャンプ生活のような事も余儀なくされることがあったことでしょう。
そうして生活の一次的拠点の移動が縄文土器の出土箇所を増やしているのかもしれません。
こうしたの生活も、湖水の減少に伴いカルデラの中へと、その拠点が移っていきます。

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更新日: 2019-09-06 (金) 14:47:51 (2329d)