九州の中央部にある阿蘇(あそ)カルデラは、東西約18km、南北約25km、面積(めんせき)約350平方キロメートルと、世界最大級の規模(きぼ)を誇(ほこ)ります。 カルデラの中央には、今もなお噴煙(ふんえん)を上げ続ける中岳をはじめとする阿蘇五岳(あそごがく)(高岳(たかだけ)、(ねこだけ)、(きしまだけ)、(えぼしだけ))と、多くの山体で構成される火山群"中央火口丘"があります。火山群の南北には平坦なカルデラの底地が広がり、火山群と平地を取り巻く「(がいりんざん)があり、その外側にはなだらかなの大地を形成しています。「」という単体の山はありませんが、これらのまで含めて「阿蘇火山と呼んでいます。
阿蘇地域は、国立公園(こくりつこうえん)が誕生(たんじょう)したその年(1934/昭和9年)に『(あそこくりつこうえん)』として指定を受け、1986年に名称が現在の『』となりました。
2014年、国立公園指定80周年を迎えました。

主要なジオサイト
(だいかんぼう)カルデラジオサイト
阿蘇カルデラ
阿蘇カルデラは、今から約27万年~9万年前の大規模(だいきぼ)な噴火(かさいりゅうふんか)に伴って形成されました。世界でも有数の規模を誇り(ほこり)、明瞭な陥没地形(かんぼつちけい)を見ることができるのが特徴です。
(だいかんぼう)
阿蘇五岳や、カルデラの様子を見ることのできる最も優れた(すぐれた)ポイントです。もともと地元では「遠見ヶ鼻(とうみがはな)」と呼ばれており、(とくとみそほう)が絶景(ぜっけい)に感動して、このように名づけたともいわれています。
約7,300年前、鹿児島県薩摩半島南方の海面下にある鬼海(きかい)カルデラの大噴火(だいふんか)に伴って(ともなって)噴出(ふんしゅつ)した火山灰です。阿蘇地域では、特に北の道路沿いで、火山灰層の上部にある黒土層に挟まれた顕著(けんちょ)なオレンジ色のバンド(厚さ約20cm)として見られます。



中岳ジオサイト
中岳火口
中岳火口は、阿蘇観光の中心地で、活動的な火口を見物できる数少ない場所の一つです。
中岳火口では、最近1,000年間は火山灰の噴出を中心とし、活動期にはマグマ水蒸気爆発(すいじょうきばくはつ)やストロンボリ式噴火、静かなときには噴気活動(ふんきかつどう)と火口内に湯だまりを形成する活動が繰り返されてきました。
数千年前に形成された中岳新期山体(なかだけしんきさんたい)の火口原(かこうげん)。黒い砂やスコリアの細粉(さいふん)で覆われています。堆積物(たいせきぶつ)は火砕丘(かさいきゅう)の開析(かいせき)に伴う扇状地堆積物(せんじょうちたいせきぶつ)が多く、そのなかには火山弾(かざんだん)や多量の噴石(ふんせき)などが見られるのが特徴(とくちょう)です。また、わずかならもなどの植物も生育しています。


ジオサイト
(くさせんりがはま)
約3万年前に形成された直径約1kmの火口の中に、約400mの火口が生じた二重の火口。現在2つの池が見られますが、西側の池が外側の火口底、東側の池が内側の火口です。
内側の火口は、デイサイト質の溶岩(ようがん)ドームが吹き飛ばされたものであり、その一部が「駒立山(こまたてやま)」として残っています。火山のである軽石は、近傍では溶結火砕岩(ようけつかさいがん)となっていますが、少し離れると厚い軽石層として認められます。
(あそかざんはくぶつかん)
「阿蘇火山」をテーマとし、や地質、動植物などについて展示を行っています。また、火山と人々の暮らしとの関わりについても展示。学芸員(がくげいいん)や阿蘇インタープリターによる館内案内(ミュージアムツアー)やフィールド学習(ジオツアー)にも力を入れ、阿蘇周辺地域の子どもたちや修学旅行生、観光客へ、様々なプログラムを提供しています。
(くさせんりがはまてんぼうしょ)
標高1,100mの地点から、阿蘇の西側を見ることができるサイトです。中央火口丘群西側斜面(ちゅうおうかこうきゅうぐんにしがわしゃめん)~立野峡谷(たてのけいこく)~熊本市内~金峰火山を眺めることができ、天気がよければ雲仙火山も間近に見ることができるビュースポットです。中部九州における阿蘇以西火山の並びを一望することのできる優れたポイントです。



米塚ジオサイト
米塚(こめづか)
約3千年前に形成(けいせい)された典型的(てんけいてき)なスコリア丘で、国内では最も均整(きんせい)のとれたものの一つです。基底直径(きていちょっけい)は約380m、比高(ひこう)は約80m。米塚を形成した一連ので、大量の玄武岩溶岩(げんぶがんようがん)も流出し、米塚の北~西側一帯に広く堆積(たいせき)しました。近年、登山によって荒らされた斜面が修復(しゅうふく)され、現在では登山禁止となっています。
上米塚(かみこめづか)
スコリア丘の内部構造(ないぶこうぞう)を直接観察できる、きわめて貴重(きちょう)な断面が見られるポイントです。火口(左側斜面の部分)に近い部分の赤褐色(せっかっしょく)のスコリアは高温酸化(こうおんさんか)によるものです。


ジオサイト
(ふるぼうちゅう)
中岳の西側1~2km付近に広がる平坦地(へいたんち)では、鎌倉時代から室町時代にかけて、36坊52庵にのぼる多くの坊舎や宿坊が建ち並び、修験僧(しゅげんそう)たちが修行や生活をしていました。1,300年代から1,500年代には、その坊舎などがたびたび被害を受けていた様子も、多くの記録に残されています。

ジオサイト
(せんすいきょう)
は、中央火口丘群北斜面に広がる岩場地域。中岳へのロープウェーが架かり、中岳の活動火口の東側に行くことができます。また、周辺には厳しい環境にも強いの群落が自生。毎年5月頃になると、美しい花が岩場の斜面一面をピンク色にいろどり、多くの観光客でにぎわいます。

ジオサイト
(きしまだけ)
約3,500年前に形成された玄武岩(げんぶがん)の火砕丘。山頂火口のほか、山頂の北西部および東麓に火口群がある単成火山です。特に、東麓の火口(直径約800m)底には、小型の火口、溶岩ドーム(平頂丘)、火砕丘などがあります。また、山体の北西斜面には、若い放射谷が多数発達し、火山体の浸食過程(しんしょくかてい)を知る上でも重要です。

ジオサイト
西厳殿寺(さいがんでんじ)
天台宗の最栄が中岳火口の西の巌殿で菩薩像(じゅういちめんかんのんぼさつぞう)を祀(まつ)ったのが始まりとされ、36坊52庵もの一大寺院群(いちだいじいんぐん)が栄え、(ふるぼうちゅう)と呼ばれました。火山活動の活発化とともに、山上からの撤退(てったい)を余儀(よぎ)なくされたは、江戸時代に坊中に再建されました。夏目漱石の「」にも登場し、国・県・市の重要文化財も多数所蔵(たすうしょぞう)。上広場にも「奥之院(おくのいん)」があります。

荻岳ジオサイト
荻岳(おぎだけ)
周囲を取り囲む、(あそかさいりゅうたいせきぶつ)の台地(かさいりゅうだいち)からなる突出した島状の小山地で、流紋岩(りゅうもんがん)からなっています。周辺には、貴重なの生育地もあります。

ジオサイト
(こがのたき)
カルデラ東部のカルデラ壁を構成(こうせい)する先阿蘇火山岩(坂梨流紋岩(さかなしりゅうもんがん))に架(か)かる滝で、落差は約60m。カルデラ淵の内側の小流域が水域のため、水量が少なく、そのため厳冬期(げんとうき)には凍結(とうけつ)し、美しい"氷の滝"になることで知られています。

火ジオサイト
(あそじんじゃ)
全国に500社以上の奉祭社(ほうさいしゃ)を持つ。一の神殿(しんでん)・二の神殿(しんでん)・三の神殿(しんでん)・楼門・神幸門・還御門の6棟は、国の重要文化財。社殿は、総の白木造り独特の阿蘇式と呼ばれる様式で、他には例がありません。また、楼門(ろうもん)は珍しい二層式で、日本三大楼門(にほんさんだいろうもん)の一つに数えられます。その高さは約21m。細部には様々な彫刻が施されており、社殿楼門とともに壮大で美しい楼門です。ロープウェーがある上広場にも「」があります。
(こくぞうじんじゃ)
崇神天皇(すじんてんのう)18年の創建で、から約6kmの北方に位置し、北宮ともいわれています。(たけいわたつのみこと)の第一子、国造速瓶玉命(はやみかたまのみこと)をはじめ、四神をまつる由緒(ゆうしょ)ある神社です。神事はと同様に「阿蘇の(のうこうさいじ)」として国の重要無形民俗文化財(じゅうようむけいみんぞくぶんかざい)に指定されており、神殿(しんでん)と拝殿(はいでん)は市の有形文化財(ゆうけいぶんかざい)に指定されています。境内(けいだい)には、元国指定の「」が保存されています。この大杉は、幹の回りが11m、高さ48m、約1,300年もの間、阿蘇の歴史を見て生きてきました。しかし、1991年9月27日、台風19号に見舞われて、地上11mの所あたりから折れてしまいまし
(なかどおりこふんぐん)
阿蘇谷北東部、黒川とその支流である東岳川の合流地点付近の水田地帯に点在する阿蘇地方屈指(くっし)の古墳群。5世紀前半~中ごろに築造されたと考えられている前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)は古墳(こふん)など、12基の古墳が見られます。
上御倉(かみおくら)・下御倉(しもおくら)古墳
地区のに接して存在する古墳。は直径約33m、高さ5.3m、は直径約30m、高さ4.5mのともに円墳です。いずれも大きな切り右で組み立てられた横穴式石室を持っており、当時の豪族(ごうぞく)の墓だと考えられています。
(しもじんじゃ)(霜宮)
天津神・天の七星・霜神・鬼八天をまつる神社。農作物に霜(しも)の害が発生しないよう、幼い火焚乙女(ひたきおとめ)が火焚殿(ひたきでん)で、8月19日~10月18日の59日間にわたって火を燃やし続ける「(ひたきしんじ)」で知られています。神事は国の重要無形民俗文化財に指定されています。





阿蘇谷湧泉群(あそだにゆうせんぐん)ジオサイト
宮地・役犬原地区湧水群
阿蘇谷東部の・役犬原地区では、いたる所に自噴(じふん)する湧泉があります。自噴水の高さは2mほどにも及び、地元では生活用水や農業用水として利用されています。

ジオサイト
二重の峠(ふたえのとうげ)
標高683m。伝承(でんしょう)によると、が、満々とたたえた湖水を排水して美田にしようとの一部を蹴(け)りましたが、なかなか蹴破ることができず、よく見るとそこが二重になっていたことから、この名がついたといわれています。藩政時代(はんせいじだい)は参勤交代の重要ルートで、今も当時の石畳が残っています。
参勤交代道(さんきんこうたい)
江戸時代の参勤交代で使われた道。熊本城から大分に抜ける(ぶんごかいどう)の一部で、敷石には溶結凝灰岩(ようけつぎょうかいがん)などを使って、立派な道が作られています。
的石御茶屋跡泉水(まといしおちゃやあとせんすい)
このお茶屋跡は、肥後藩主(ひごはんしゅ)が参勤交代に使ったの通過点で、大津の宿場(しゅくば)を発った殿様一行が、を越えて、石畳の坂道を降りてきて休憩をとったところだといわれています。
的石(まといし)
の西の麓(ふもと)にあり、阿蘇開拓(あそかいたく)の祖(そ)、が弓の名人で、毎日からこの石を的に練習していたという神話が残っています。




阿蘇黄土ジオサイト
阿蘇黄土(あそおうど)
阿蘇谷の中央部付近から西側にかけての地区(沖積地(ちゅうせきち))に、"阿蘇黄土"と呼ばれる鉄分が集積(しゅうせき)した湖成層(こせいそう)が分布しています。鉄鉱石(てっこうせき)やベンガラの原料として、また、脱硫剤(だつりゅうざい)や家畜のエサとしても利用されています。
ジオサイト
(うちのまきおんせん)
古くから多くの文人も訪れた歴史ある温泉地。ここはカルデラの湾入地形(わんにゅうちけい)の中にあり、火口の跡(あと)という見方もあります。

草原ジオサイト
(そうげんけいかん)
どこまでも続く雄大(ゆうだい)な草原は、阿蘇地域を代表する景観(けいかん)です。火山灰土壌(かざんばいどじょう)を有効に活用するために、阿蘇の人々が古くから火山と共存してきた結果として作られた、半自然の景観です。人々の手により、牛馬の放牧、、採草(さいそう)などを繰り返してきた結果、このような美しい景観(けいかん)が維持(いじ)されています。

押戸石ジオサイト
押戸石(おしといし)
標高845メートルの丘陵地(きゅうりょうち)にある安山岩(あんざんがん)の巨石群(きょせきぐん)。最大のものは高さ5.5メートル、周囲15.3メートルの巨岩でピラミッド型をしています。この巨石群は、古くから岩座(いわくら)として地元の人々に大切に祀(まつ)られてきました。この場所からは、北外輪の台地(かさいりゅうだいち)のを一望できます。

北外輪ジオサイト
(なべがたき)
TVCMなどで有名になった滝で、通称(つうしょう)「裏見(うらみ)の滝」といわれ、滝の裏側から水が落ちる様を眺(なが)めることが出来ます。滝の落下下部の裏側が奥行10数mにわたってえぐられているため、そこを人が歩くことができ、裏側から見る滝の姿はまるで水のカーテンのようです。(あそかさいりゅうたいせきぶつ)の溶結凝灰岩(ようけつぎょうかいがん)にかかる滝で、高さは約9m、幅は約25mあります。
遊水峡(ゆうすいきょう)
筑後川の源流に位置するこの渓谷は、地下の強大な岩盤(がんばん)とその断層(だんそう)が露出(ろしゅつ)し、大小いくつもの滝と豊富な湧水に恵まれた美しい峡谷です。通常の水深は数10cm程度で、夏季には絶好の親水行楽地として親子連れなどでにぎわいます。大きな岩場の上を流れる清流では、浮き輪を持った子どもたちが、自然の木々に囲まれる中、川をウォータースライダーのように滑る姿が見られます。
遊水峡は、阿蘇カルデラ北方の小河川にみられる岩盤河床(がんばんかしょう)で、の溶結凝灰岩で構成されています。砂礫(されき)などの河床堆積物を欠き、全体として平滑(へいかつ)な岩盤の河床が数100m以上の区間にわたって発達。河床や河谷壁(かこくへき)ではユータキシチック構造(こうぞう)を示す溶結凝灰岩の特徴を観察できるサイトです。
七滝(ななたき)
小田川下流にある大小7つの滝。遊歩道(ゆうほどう)から滝つぼを間近に見ることができます。滝の中央部には不動明王(ふどうみょうおう)と弁財天(べんざいてん)の石像が安置されています。
阿蘇(かさいりゅう)の堆積面(たいせきめん)(やまなみ道路)
西端の小柏付近から、西隣のとの境界付近を走る"やまなみ道路"沿線(えんせん)に広がる標高約800mの平坦な台地面です。この台地面は、阿蘇の堆積面(たいせきめん)に相当し、9万年前に始まったの、一連の地形変化の初期状態を示す重要な地形です。




温泉ジオサイト
南小国温泉郷(みなみおぐにおんせんごう)
1961年に湯治場(とうじば)の温泉地としてスタートし、今では全国的に有名になったをはじめ、、、、、などからなる地域。
(つえたておんせん)
エリアの最北部、沿いに湧出(ゆうしゅつ)する、九重火山系(くじゅうかざんけい)の温泉。平安時代の初めの頃、旅の途中で訪れた弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)は、温泉の効能(こうのう)に感銘(かんめい)したという言い伝えも残っています。
すずめ地獄(じごく)
雀(すずめ)の地獄(じごく)は、九重火山の活動に関連した噴気地(ふんきち)で、谷底の湿地帯(しっちたい)の中にあります。噴気(ふんき)の中に有毒な硫化水素(りゅうかすいそ)が含まれていることから、この名前が生まれたといわれています。ここには噴気に伴う温泉変質作用(おんせんへんしつさよう)を受けた、白っぽい岩石が露出(ろしゅつ)しています。
わいた温泉郷(おんせんごう)
はげの湯、岳の湯(たけのゆ)、麻生釣温泉(あそづるおんせん)、地獄谷温泉(じごくだいにおんせん)、(やまかわおんせん)などからなる温泉群(おんせんぐん)で、これらは九重火山の西麓に位置しており、その影響を受けた温泉です。



池山・山吹ジオサイト
(いけやまおんせん)
環境省(かんきょうしょう)の名水100選のひとつ。水温13.5℃、毎分30トンという豊富な湧水を誇り、その水は玉来川(たまらいがわ)となって大野川(おおのがわ)に流れ込み、別府湾(べっぷわん)へと注いでいます。
(やまぶきすいげん)
阿蘇と九重の間に位置する湧水。湧出量(ゆうしゅつりょう)は毎分30トン、(いけやますいげん)とほぼ同じ湧出量を誇り、くまもと名水百選(めいすいひゃくせん)にも選ばれています。

参勤交代道ジオサイト
参勤交代道(さんきんこうたいどう)
江戸時代の参勤交代で使われた道。熊本城から大分に抜ける(ぶんごかいどう)の一部で、敷石(しきいし)には溶結凝灰岩などを使って、立派な道が作られています。

草部ジオサイト
(くさかべよしみじんじゃ)
神武天皇(じんむてんのう)の第一皇子、日子八井命(ひこやいのみこと)ほか12柱を祀るの三宮です。草部の名は、宮居(みやい)の壁を草で葺(ふ)いたことに由来。社に向かうのに石段を下って行くという大変珍しいお宮です。

ジオサイト
阿蘇カルデラ南東部のカルデラ壁を構成する先阿蘇火山岩(玄武岩質火砕岩類(げんぶがんしつかさいがんるい))を切って貫入(かんにゅう)した岩脈(がんみゃく)で、厚さ約5m、ほぼ東西方面に長さ数十m以上にわたって露出(ろしゅつ)しています。南や北側から眺めると、岩体上部の起伏がラクダの背のように見えることからこの名があります。
南阿蘇ビジターセンター・阿蘇野草園
自然と人々の暮らしを紹介し、自然とのふれあいを楽しんでもらうために設置されています。阿蘇の多種多様(たしゅたよう)な植物を、自然に近い形で観察できるよう整備した阿蘇野草園を併設(へいせつ)しています。係員が野草園を案内したり、観察会(かんさつかい)を実施するなど、活発な活動が行われています。
阿蘇フォークスクール
阿蘇フォークスクールは、1951年に建設された元。2003年、旧上色見の閉校を機に、昔ながらの原風景を持つ木造校舎を後世に残そうと、地元の卒業生や工芸家、作家などが集まって立ち上げられました。先人達の暮らしの知恵や文化を学ぶ場を提供する事を目的の一つとした施設です。


南阿蘇湧泉群ジオサイト
湧水群(みなみあそむらゆうすいぐん)
環境省(かんきょうしょう)の名水百選にも選ばれているをはじめ、塩井社水源、、、池の河水源、吉田城御献上(ごけんじょう)汲湯、明神池、など、多くの良質の水が湧出する湧泉群です。ほとんどの湧水は白川の北側に位置していることから、これらの湧水は、中央火口丘からの伏流水であると考えられています。
高森湧水(たかもりゆうすい)トンネル
と宮崎県高千穂町(たかちほちょう)を結ぶ鉄道用のトンネル工事中に、抗口(こうぐち)から2050mの地点で大量の湧水がありました。工事の中断(廃止)に伴って、この湧がなされたのが「」です。トンネルの中は、特に夏は涼しく、七夕祭りなどで賑(にぎ)わう観光地に成長しました。


地獄・ジオサイト
池の窪(いけのくぼ)
の北にある爆裂火口(ばくれつかこう)で、直径約600mの広くて浅い皿形の地形を呈しています。この中には2つの小さな火口が存在し、このうち西側のものは水をたたえた環状凹地(かんじょうくぼち)で「池の窪タフリング」と呼ばれています。タフリングの形成年代は、少なくとも1万年より古いと考えられています。
地獄・(じごく・たるたまおんせん)
地獄・は、少し離れた場所からでも、山の斜面から立ち上る温泉の煙が確認できる温泉地で、中央火口丘の南西側斜面、標高700mほどのところに位置しています。はの爆裂火口内にあり、江戸時代から湯治場(とうじば)として栄えています。も天正年間(てんしょうねんかん)(1573-92)から地元の人たちに利用されています。


南郷谷ジオサイト
南郷谷(なんごうだに)の段丘(だんきゅう)地形
カルデラ南部の「南郷谷」に、特徴的に段丘が見られます。カルデラ形成後の湖や河川の流れを考えるうえで、大変興味深い地形です
羅漢山ジオサイト
羅漢山奇石群(らかんざんきせきぐん)
カルデラ南西部のからなる山稜(さんりょう)一帯に見られる岩峰群や、"天然橋"状岩などの奇岩群が集まるポイントです。おもに安山岩質(あんざんがんしつ)の火砕岩で構成されています。
俵山峠カルデラジオサイト
阿蘇(あそ)カルデラ
阿蘇カルデラは、今から約27万年~9万年前の大規模な噴火に伴って形成されまし た。世界でも有数の規模を誇り、明瞭(めいりょう)な陥没地形(かんぼつちけい)を見ることができるのが特徴です。
俵山展望所(たわらやまてんぼうしょ)
南阿蘇の全景を見ることのできる優れたジオポイント。2003年に俵山にトンネルが開通したため、山頂に近い展望所まで車で上ってくる人は少なくなりましたが、それ以前は南側からの阿蘇へのアプローチには欠かすことのできないルートでした。1985年の植樹祭では、昭和天皇もここから阿蘇を展望されました。

立野渓谷ジオサイト
立野渓谷(たてのけいこく)
立野峡谷阿蘇カルデラの壁が唯一切れている場所が、立野峡谷です。その原因は、ここを走っている断層(だんそう)ですが、これまでに何度か溶岩によって埋まったことがあり、そのときにカルデラ内に湖が形成されました。写真中央の台地は、古い谷を埋めた溶岩流のつくる地形です。
鮎返りの滝(あゆがえりのたき)
阿蘇カルデラ南部を流れる白川の下流にあり、滝の高さは20m、幅は約30mあります。造瀑層(ぞうばくそう)はカルデラ形成直後頃のものと思われる玄武岩溶岩(げんぶがんようがん)(鮎返り溶岩)で、滝の上流側には同溶岩の岩盤河床、下流側には深い峡谷が続きます。
数鹿流ヶ滝(すがるがたき)
阿蘇カルデラ北部を流れる黒川の下流にあり、滝の高さ60m、幅は約30mの滝です。造瀑層(ぞうばくそう)は安山岩溶岩(あんざんがん)(赤瀬溶岩)で、滝の上流側には同溶岩の岩盤河床、下流側には深い峡谷が続きます。


白糸の滝ジオサイト
白糸の滝
阿蘇カルデラの南西にある滝で、高さは約20mあります。造瀑層(ぞうばくそう)は先阿蘇火山岩の安山岩で、顕著(けんちょ)な節理(せつり)が発達しています。特に夏期には、涼(りょう)を求める人々で賑わいます。

大峯火山ジオサイト
大峯火山(おおみねかざん)と台地(たかゆうばるだいち)
現在の阿蘇カルデラが生まれる直前、およそ9万年前頃に大峯火山が形成されました。その際、大量の溶岩を流して、広大な溶岩台地(台地)を作りました。現在、その大地部分は「阿蘇くまもと空港」として利用されています。

ジオサイト
(そようきょう)
阿蘇が削られてできた、渓谷美(けいこくび)が非常に顕著(けんちょ)なポイントです。では、柱上節理(ちゅうじょうせつり)の様子をよく観察できることでも知られています。

幣立宮ジオサイト
幣立宮(へいたてぐう)
延喜年間(えんきねんかん)(901~923年)に、阿蘇の大宮司(だいぐうじ)が天照大神(あまてらすおおみかみ)を主祭神として祀ったとされています。元伊勢宮として、祖神を天之御中主とする日の神が祀られています。
推進委員会
- - - - - - - 山都町 - 熊本県阿蘇地域振興局 - 熊本大学 - 京都大学火山研究センター - 熊本地学会 - 熊本県地質調査業協会 - 阿蘇エコツーリズム協会 - 財団阿蘇支部 - 国立阿蘇青少年交流の家 - ASO田園空間博物館 - 阿蘇の自然を愛護する会 - 阿蘇ミュージアム - なみの高原やすらぎ交流館 - 阿蘇自然案内人協会 - 阿蘇たにびと博物館 - 阿蘇地区パークボランティアの会 - 観光協会 - 観光協会 - 小国ツーリズム協会 - 観光協会 - 観光協会 - 観光協会 - 山都町観光協会 - - 阿蘇グリーンストック - - 阿蘇青年会議所 - くまもと21の会 - 日本リモナイト
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更新日: 2014-12-05 (金) 13:29:11 (4066d)